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小論文例文集 このページは中高生のための小論文の例文集です。 21回目は、「カウンセラー」です。 |
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問題 次の文章を読んで、自由に意見を述べなさい。 思い悩んでいるとき、なかなか解決策が見つからないとき、僕たちはだれかにその思いを語りたくなる。ただし、誰かが答を出してくれることを期待しているわけではない。ここがカウンセリングに関して多くの人たちが誤解している点だ。 カウンセラーは、悩みを抱えて話しにくるクライエントに対して、どうしたらよいのかをアドバイスするものだと思われがちだ。そこで、こんな悩みをもつ人にはどんなアドバイスをしたらよいのかと尋ねられたりする。しかし、悩みを抱えてやってきた人の相手をするというのは、そういうことではない。 人からよく相談される人というのは、じっくり相手の話に耳を傾けてくれる人であるはずだ。相談者は、答をすぐに出してほしいのではなく、まずはじっくり話を聞いてほしいのだ。語りたいのだ。 相談に行って、親切にもこちらに代わって即座に答を出してくれる人がいたとしても、それは助かったと素直にその回答を採用するほど、僕たちは単純素朴ではない。第一、本人がいくら考えてもわからない難問に対して、事情もよくわからない他人からそんなに簡単に答を出されてはたまらない。 だからといって、人に話すことが役に立たないというのではない。いや、むしろ大いに役立つのである。あんなに悩んでいたのに、いろいろ悩むばかりでどうにも答が出なかったのに、人に話して見たら案外簡単に建設的な解決策が見つかった。そんなことも珍しくない。やっぱり盲点てあるもんなんだなあ、と改めて感心する。事の大小はともかくとして、そうした経験はだれにもあるのではないだろうか。 そうしたケースでは、悩みや迷いを話した相手が答を出してくれたわけではない。相手に事情がわかるように話して聞かせているうちにこれまでと違った視点からの回答がふと思い浮かんだのである。これまでいくら考えても思い浮かばなかったことが、別の構図のもとに突然浮かび上がってくる。迷いが吹っ切れる瞬間というのも、そのようにして訪れるのだろう。 そこで意識されるのが、聞き手の理解の枠組み、つまり聞き手がものごとを理解するのに主として用いている枠組みである。聞き手の理解の枠組みを意識しながら、事情を説明し、自分の悩める思いを説明しているうちに、自分の理解の枠組みと聞き手の理解の枠組みが交錯しつつ融合し、そこに自分ひとりで考えていたときとは違った視点がもたらされる。そんな感じなのではないだろうか。 序論 [一段落目] 話題についての要約 本論 [二段落目] 対立する意見への譲歩&自分の意見の提示 [三段落目] 意見の展開(自説の根拠・理由) [四段落目] 文章の締め・まとめ 例文1 <意見① 相談を受けたら相手の話を聞くことに徹する> カウンセラーは、悩みを持ったクライエントに答を出すのではなく、ただじっくり話を聞くだけである。人は悩みを他人に相談しても、その人が答を出してくれることを期待しているわけではない。自分の悩みを説明するうちに、聞き手の理解の枠組みを意識し、それを自分の理解の枠組みと交錯させつつ融合させることで、今までとは違った視点からの建設的な回答を思いついたりするのである。 確かに、どんなに考えても自分では答が見つからず、誰かに答を出してもらおうと、友人や家族に相談した経験が私にもある。しかし、友人や家族の意見をそのまま受け入れたことは、筆者のいう通り、実際にはほとんどないと思う。誰かがじっくり話を聞いてくれていると、自分の頭の中が少しずつ整理されてきて、「ああ、やっぱりこうしなきゃいけないんだな。」とか、「そうか、こういう方法もあるぞ。」などと、自分自身で解決策が見つかったりするものだ。 中学三年生になってから、私は進路のことについて悩むようになった。漠然と高校に進まなければならないと考えてはいたのだが、高校に行って自分が何をしたいのか分からず、それほど勉強が好きでもない私が高校に進学することにどんな意味があるのか疑問に思っていたのだ。私はその悩みを親友に相談した。その友人は話下手なタイプではあるのだが、いつも親身になって話を聞いてくれる人だった。その時も特にアドバイスをくれたわけではなかったが、私の話を飽きる素振りも見せずによく聞いてくれた。そうやって友人に話しているうちに、私は将来自分が何をしたいのかについて考えることになった。自分がやりたいことを断片的にでも他の人に話すことで、少しずつ見えてくるものがあったのだ。そして、自分にはまだ知識や経験が足りないことに気付き、もっといろいろなことを学ばなければ、自分の進むべき道も見つからないと考え、真剣に受験勉強に取り組むようになった。今は、誠実に悩みを聞いてくれた親友に感謝している。 私も人から相談を受けたときは、たとえいいアドバイスをしてあげられなくても、真剣に、誠実に、話を聞いてあげられる人間になろうと思う。」 例文2<意見② 相談を受けたら自分の意見も主張するべき> 誰かに悩みを相談する人は、ただじっくり自分の話を聞いてもらいたいだけで、自分に出すことのできない答えをあっさり出されたところで受け入れません。カウンセリングで大事なのは、相手の理解の枠組みを意識しながら説明することで、自分一人では思いつかなかった視点を得ることだと筆者は言います。では、相談される方は、本当にただ話を聞くだけでいいのでしょうか。 確かに、他人に相談しても、与えられたアドバイスをそのまま受け入れたことは、僕にもありません。納得できる答でない場合が多いからです。筆者の言う通り、他人に話すうちに、結局は自分で答を出しているものです。しかし、それでは人から相談された時、ただじっくり話を聞いていればそれでいいのかというと、そうではないと思います。やはり、相談してきた相手にとって、役に立つアドバイスを真剣に考えるのが、人としてのマナーではないでしょうか。 中学三年生になってから、僕は進路のことについて悩むようになりました。漠然と進学しなければならないとは考えていたのですが、高校に行って自分が何をしたいのか分からず、高校に進学することにはどんな意味があるのか、疑問に思っていたのです。僕はその悩みを学校の先生に相談しました。先生は僕の話に対し一つ一つ自分なりの回答を出そうと頑張ってくれました。実を言えば、そのほとんどは直接的には役に立たないものばかりだったのですが、先生の話の中に出てきた面白そうな小説を読んだり映画を見たり、そんなことをしているうちに、僕自身も何かを表現する作家になりたいと思うようになりました。そして、その夢を実現するために高校へ進む決心がついたのです。それも、直接的な答えにはなっていなかったとしても、面白い話を聞かせてくれた先生のおかげだと感じています。 僕も人から相談を受けたときは、ただ話を聞くだけではなく、その人にとって役に立つことを、自分なりに真剣に考えてあげようと思います。 |
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例文1 <意見① 相談を受けたら相手の話を聞くことに徹する> 例文2<意見② 相談を受けたら自分の意見も主張するべき> |