中学生作文

例文集

このページは中学生のための作文例文集です。

 

6回目は、「日本人がすぐ謝るのはズルいだけか」です。

 

問題 

「日本人がすぐ謝るのはズルいだけ」なのか、あなたの考えを述べなさい。

 

序論

[一段落目] 日本人はすぐに謝るのか。そうだとして、それはズルいことなのか。

 

本論

[二段落目] 考えを比較しながら、自分の意見を提示する。

 

[三段落目] 具体的な例や体験を挙げながら、意見を展開する。

 

結論

[四段落目] 結論・まとめ

  

 

例文1 

 

以前、国語の説明文で、「世界では日本人のように簡単に謝ることはない。謝罪すれば自分の責任を認め、後で大きな賠償を払わせられることになるので、責任を負わされることがないよう、なかなか自分の非を認めようとしないのが一般的だ。」といった内容が書いてあるのを読んだことがあります。また、日本人がすぐに謝るのは、本当に謝罪する気持ちがあるからではなく、とりあえず謝っておけばその場を丸く収められるからとか、謝った人間にそれ以上の責任を追及する人は逆に人間としてひどい奴だと世間に思われることが分かっているからとか、そういう打算的な理由があるせいだと聞いたこともあります。これらの話、実際のところはどうなのでしょう。

 

確かに、自分が責任を負わないようにするため、謝罪しないで言い訳ばかりしている人は、人間としてどうかと思います。アメリカなどでは、「アイムソーリー」と言ってしまうと裁判になった時に負けてしまうと聞いたことがありますが、だからと言って、悪いことをしても謝らないというのは、なんだかいやな文化に思えます。しかし、何でもかんでも謝ればいいというものでもないと思います。「ゴメンで済めば警察はいらない」なんてことを言ったりもしますが、僕たち日本人は毎日「ゴメン」や「すいません」を連発しています。そこには、心なんてこもっていないことの方が多い気がします。

 

日本には、いろんな「すいません」があります。他人の足を踏んだときに「あ、すいません」。誰かに贈り物をもらった時に「どうも、すいません」。ラーメン屋さんで注文するときに「すいませーん」。色々ありますが、元々の意味は、迷惑をかけてしまった相手に対して「このままでは済ませません。必ず埋め合わせを致します。」ということだと思います。なのに、僕たちはとても気軽に「すいません」といい、悪いことをしても「すみません」と言えば、それだけでは「済まない」ではなく、それで「済む」と思いがちです。何か迷惑をかけるようなことをして、本当に悪いと思い「すいません」と言ったとしても、相手がそれで許してくれなかったら、「何で謝ってるのに許さないんだよ」と、逆ギレしがちです。僕も、学校や塾で宿題を忘れたら、「スイマセン、宿題忘れました」と言うだけで済まそうとします。

 

「済みません」で済ませてしまうのなら、謝らずに一生懸命言い訳を考えるアメリカ人の方が、日本人よりいさぎよい気もします。謝る以上、責任は全て背負い、起こしてしまった事態の代償を自分で払う。そうでなければ、「済みません」にはなっていないと思います。

 

 

例文2

 

幼稚園の時のことだ。私の髪を男の子が引っ張った。痛かったので私は泣いた。先生がやってきて、その男の子を叱った。そしてその子に謝らせた。「ほら、痛いことをしたんだからちゃんと謝るのよ。」その子は私に謝った。その次に先生は私に向かって、「さあ、ちゃんと謝ったんだから仲直りしようね。」といった。私は、「いやだ。ぜったいにゆるさない。」と言った。本当に痛かったし、許せなかったのだ。そして、私は怒られた。「お友達がきちんと謝ったときは、許してあげなきゃダメでしょ。」先生はそう言っていた。ずいぶん昔のことだが、そんなことがあった。その時からだろうか、私は人に謝ることができない子供になっていた。

 

謝ったら、許してあげるべきなのだろうか。許してあげようと思えるような償いもされていないうちに、相手のことを許してあげなければいけない、そういう空気がどこかにある。その空気を読まない者は逆に周りから白い目で見られたりする。それは確かになんだかおかしい。でも、おかしいとは思いながら、実のところ私もそんな空気を読みながら生活している。他人に対して謝りにくい性格ではあるが、他人のことは結構許す。小さなころの思い出がトラウマになって、許してやらないと自分が損をするという気持ちが働いているのかもしれない。相手との関係や、自分が今いる集団の中での地位を壊したくないという気持ちもあるんだろう。相手が謝り、こちらが許しさえすれば、冷たくなりかけていた友だち関係なんかも、穏やかな状態に戻すことができる。

 

アメリカや中国やアラブでは、人々は簡単には謝らない。そんな話を聞かされても、アメリカ人や中国人やアラブ人と喧嘩したことはないので、私にはよくわからない。きっと、自己主張の強い人たちが多いということなんだろうが、日本人がその真似を敢えてする必要はないと思う。その場を丸く収めて人との和を保つというのは、悪い文化じゃない。謝罪の気持ちが全く見えない「ごめんなさい」や「すいません」はもちろんムカつくが、相手がとりあえずでも自分の間違いを認めて謝罪するなら、なんとなく上に立った感じになれて気分はよくなる。他人に謝れない私などにとっては、すぐに謝ってくれる人が多い日本の文化の方が助かると思う。

 

許さなければいけない、というのはやっぱりおかしいところもあるが、謝り、許し合うことで、関係を和ませることができるのなら、そういう文化や習慣は悪いもんじゃない。あの時の男の子のことも、幼稚園の先生のことも、今の私なら許せるかもしれない。

 

 

例文1  

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例文2 

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