中学生作文

例文集

このページは中学生のための作文例文集です。

 

3回目は、「周りのために自分が出来ること」です。

 

問題 

「周りのために自分が出来ること」について、あなたの考えを述べなさい。

 

序論

[一段落目] 今までに人のために何かをしようと思ったことや、実際にしたこと、あるいは「誰かのために何かをする」ということについて思うことを示す。

 

本論

[二段落目] 一段落目に提示したことについての説明。

 

[三段落目] 具体的な例や体験を挙げながら、意見を展開する。

 

結論

[四段落目] 結論・まとめ

  

 

例文1

 

周りの人たちのために何かしようと思うことなど、今までの私の生活の中ではほとんどなかったと思います。学校の委員会活動や、家の手伝いでさえ煩わしいと思う方なので、進んで知らない人のために何かをするなんてことはめったにありません。でも、こんな私が、昨年の大震災の時には、自分も何かをしたい、しなくちゃいけないと思ったのでした。

 

大きな津波に流されていく人や車や建物。町全体が海にのまれていく映像。その後の多くのボランティアの人たちの献身的な活動。海外からのたくさんの支援。テレビやインターネットでそうしたニュースに接する度に、私の中にも少なからずこみ上げてくるものがありました。特に福島原発で、被爆の危険に身をさらしながら、放水作業に従事している人たちのことなどを話に聞くと、鼻の奥がつんとして、涙が出てしまったこともありました。そして、自分も何かしなくちゃいけないと真剣に思い、できることを探してみました。

 

でも、そうやって熱い思いに突き動かされても、実際に私にできたことといえば、自分の貯金の一部を募金箱に入れることぐらいでした。五千円は、私のようなただの中学生にとっては、正直なところかなり高い額です。実際のところ、お金を入れた時は、我ながら頑張るなと思い、少しは役に立てたと思えたのです。でも、そんなのは自己満足でしかないと感じてしまいました。何かしなくちゃいけないと思う気持ちの穴をとりあえず埋めてはみたものの、しばらくして、セレブと呼ばれる人たちが個人で数千万とか数億円の義援金を寄付したというニュースを見たら、途端になんだかがっかりしてしまった自分がいたからです。そんな人たちにお金の額で勝てるわけがないのに、自分の圧倒的な小ささを突き付けられて、なんだかつまらなくなってしまったのです。困っている人たちがいて、その人たちのために何かをしなきゃいけないと思って募金をしたはずだったのに、自分の果たす役割がとても小さいものだと気づくと、いやになってしまいました。

 

そんな経験があって、私は一つ学ぶことが出来ました。それは、私にも他の人のために何かをしたいと思う時があるということであり、でもその気持ちは少し偽善的で、自分が目だったり評価されたりしないと、何をしても満足することはできないということです。人のために何かをすることは大切なことだと思います。しかし、人間は、誰かがそれを評価してくれないと、喜んで他人のために動くことはできないのだと思います。

 

 

例文2

 

「人間は、誰かの役に立っているという実感を持てなければ、決して幸せにはなれないよ。」最近読んだ漫画にあったセリフだ。「ほしいものは何ですか」と尋ねられると、格好つけて「金がほしい」と言ってみたりする人だって、実際には、恥ずかしいぐらい、誰かの役に立ちたいと思っていたりする。僕も、人前ではとても言えないが、やっぱり誰かの役に立ちたいと思ってしまう普通の人間だ。

 

誰かの役に立っているという実感は、もちろんその誰かさんに感謝されたり評価されたりしたときに、最も強く実感できるものだと思う。でも、右のセリフを言った登場人物はこんなことも言っている。「相手に評価されるかどうかなんて、結構どうでもいいことだ。自己満足でいい。大切にしている人の役に立っているという自己満足を食べていれば、それだけで人間は結構生きていけるもんだ。」その通りだとは思わないけど、大人になったら、役に立っているという思い込みでもなければ、どんな仕事もやってられなくなるような気はする。

 

例えば犬の世話。犬は感謝なんかしてくれない。でも、自分が散歩に連れて行ってやらなきゃ、自分が体を洗ってあげなきゃ、こいつは病気になってしまう。そう思うから、世話ができる。例えば僕の父。家族の中で父はしょっちゅうのけ者になる。中年太りだし、口が臭いし、僕たち家族によく馬鹿にされる。それにすぐ怒る。だから僕たちにうざいと思われる。一人だけセンスがずれている。だからみんなに無視される。でも、父は毎日働きに行き、僕たち家族を食わせている。何の感謝もされず、家族のためにお金を入れて当然だと思われ、もし失業などしようものならきっと僕らに軽蔑される。時々、家族なんか捨ててもっと評価してくれる人と暮らしたら、父はどんなに幸せだろうと思うことがある。だけど、父は僕らを捨てないだろう。父がいなくなれば、僕らが困ることを知っているからだ。自分の存在が役に立っている、自分がいなくなればきっと困る、そう思える相手が周りにいることは、自分がいることに意義を感じさせてくれると思う。

 

僕は周りのために何ができるだろう。犬の世話、家の手伝い、クラスの係活動。今のところたいしたことは何もできていない。でも、家族や友だちの役に立ちたい。そういう本音はある。父のような稼ぎも、これといった能力もない僕が、周りのためにできることは、今のところ、僕のために何かをしてくれている人たちに、感謝していることを感じてもらうことかもしれない。とりあえず、父に感謝するところから始めてみよう。

 

 

例文1 

 

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例文2 

 

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